2008年6月30日月曜日

【断 中村文則】「格好から」の犯罪
2008.6.27 03:21

このニュースのトピックス:コラム・断
 秋葉原で連続通り魔事件があった。僕はこういう犯罪が起こる度調べるが、この容疑者には脱力感だけが残った。そもそも追い詰められ、通り魔という「よくある」模倣的な犯罪を起こそうという考え自体、発想が貧困だと思う。

 たとえばこの事件がまだなかったとして、ある純文学作家がこの事件と同じ小説を書いたとする。良識ある編集者なら、間違いなく書き直しを要求する。理由は、このような事件を起こす犯人として、その主人公の考え方があまりにも典型的で、妙な言い方になるが、『罪と罰』や『金閣寺』の主人公のような悲しみも深みもなく、あまりに薄っぺらいからだ。

 殺人を考え、破滅に惹(ひ)かれたのなら、ナイフを買ったり友人に迷彩服の購入方法を聞いたりするような、「格好から」入るのではなく、せめてドストエフスキーやカミュやサルトルくらい読破してもらいたかった。彼がどのような本を読み、どのような映画を観てきたか知らないが、このような模倣犯罪をするのを見る限り、大したものに触れていないだろう。

 社会が嫌い、家族が嫌い。僕はその気持ちはよくわかる。だが、まだ二十代の若さで、負け組も何もないだろう。破滅とは、もっと深刻なものだ。自分なりに、もっと考えを深めてほしかった。

 ギリシャ神話にあるように、その人間の人生が不幸か幸福だったかは、死ぬ時までわからない。彼も赤子だった時は、微笑んでミルクを飲んでいたはずだ。彼の人生はもっと違う方向に行ったはずで、そう思うと本当に悔しい。(作家)

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